ファームのススメ

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新庄剛志、桧山進次郎。声優・渡部優衣が阪神ファンとなるまで

2021/11/16

声優としてアニメやゲーム、ラジオ等で幅広く活躍する渡部優衣さん。人気ソーシャルゲーム「アイドルマスター ミリオンライブ!」にも出演しており人気急上昇中です。

野球好きなご家族の影響で、渡部さん自身も小学生の頃はソフトボールチームで打順1番・ショートとしてプレーされていました。家族と球場にも頻繁に足を運んでいた中、新庄剛志さんと桧山進次郎さんに惹かれて阪神ファンになったそうです。

野球に囲まれた幼少期の思い出と、阪神ファンになるきっかけとなった2人の選手への想いを伺いました。

家族全員がプレイヤー。野球に囲まれた幼少期

父と弟、従兄弟が野球をやっていて、母もソフトボールで全国大会に出場した経験がある「野球一家」でした。なので生まれたときからすぐそばに野球がありました。先に野球を始めた弟と、よくキャッチボールをしていましたね。

そんな環境で育ったので、私も小学生のころはソフトボールをしていました。本当は野球がしたかったのですが、女の子のチームがなくて。

バッティングはそこまで上手くはなかったのですが、足が速かったので打順は1番。「とにかくバットに当てて走る!」と決めて打席に立っていましたね。チームに入った当初のポジションはライトでした。でもずっと「ショートは守備の職人」というイメージがあって憧れていたので、必死に練習してポジションを奪いました。

本当はそのまま中学校でもソフトボールを続けたかったのですが、ソフトボール部がなく、同じ「打つ」繋がりでテニス部に入部しました(笑)。

プレーするだけでなく、プロ野球も好きでよく観戦に行ったり中継を見たりしていて。でも当時は贔屓の球団がなく、大阪出身ということで阪神タイガースと当時の近鉄バファローズ(※参照)をなんとなく応援していました。

※大阪近鉄バファローズは2004年までパシフィック・リーグに加盟していたプロ野球球団。大阪市西区にある大阪ドーム(現:京セラドーム大阪)を本拠地にしていた。

新庄剛志さんのプレーに一目惚れ

そんな私を阪神に引きずり込んだのが、当時阪神でプレーしていた新庄剛志さんでした。打席に立てばホームランを打ち、守備では強肩を活かしたレーザービームのような送球。そんなダイナミックな「魅せるプレー」に一目惚れしてしまいました。

新庄さんは天才型で破天荒な言動の印象もありますが、見えない所ではとても練習をしていた選手らしく、グラウンドでの姿とのギャップにも引き込まれました。

新庄さんの名プレーは数え切れないほどありますが、特に有名なのは敬遠球を打ってサヨナラ打にしたシーンですよね。中継で見ていたので「え、敬遠球を打っちゃうの?しかもサヨナラ?」と本当に驚いたのを覚えています。

当時は新庄さんのトレードマークだった赤いリストバンドを腕につけて、よく弟と球場に行っていましたね。今思い出すと少し恥ずかしいですが「私は将来新庄さんのお嫁さんになる!」と周りに言っていました(笑)。

桧山進次郎さんの笑顔に惹かれ、阪神の虜に

その後新庄さんはメジャーリーグのニューヨーク・メッツに移籍されてしまうのですが、もう1人私の心を突き刺した選手がいました。桧山進次郎さんです。

幼い頃から、笑顔が素敵な人を好きになっちゃうんです。試合終了後の桧山さんの笑顔が素敵で、すぐにファンになってしまいました(笑)。選手としてのプレーも抜群で、阪神が低迷していた2001年から2003年、選手会長としてチームを引っ張り優勝を果たされた姿が印象的です。

実は新庄さんのファンになったときは、「新庄さんが阪神にいるから阪神ファン」くらいの熱量だったんです。その後桧山さんのファンにもなり、気づけば阪神の虜になっていました。

桧山さんの引退試合は仕事の都合が合わず現地に行けなかったのですが、関東での最終試合は手作りのボードを持って横浜スタジアムまで観戦に行きました。桧山さんが引退された次の年は、球場に観戦に行っても「桧山さんはもう試合に出てこない」と辛くて涙がこぼれてしまったことも。それくらい私にとって桧山さんは特別な選手になっていました。

桧山さんの引退後、お仕事でご一緒させて頂く機会が何度かありこれまでの想いを直接お伝えできました。まさかお会いできるとは思っていなかったので「こんな素敵な時間を過ごしていいのだろうか」と緊張してしまいました。20年以上ファンであり続けて本当によかったと思えた瞬間でしたね。

お会いした際、桧山さんのグッズや本を持っていきました。桧山さんもまさかここまでのファンとは思っていなかったようで、少し驚いていらっしゃいました(笑)。引退の際に作ったボードも見ていただいて、「これ持ってる姿写真に撮ろうよ」と言っていただいたのは最高に嬉しかったですね。

ほっとけない!それが阪神の魅力

今でも、阪神が生活の一部になっています。関東での試合はスケジュールが合えばほぼ観戦に足を運んでいます。実は、昨日も神宮球場に行っていました(笑)。

阪神が最後に日本シリーズで優勝したのは1985年。私が生まれてからはまだ日本一になっていないんです。「弱くはないのになかなか優勝できない」ところが、応援しないと! という気持ちを強くさせるような気もします。ほっとけないところが阪神の魅力ですね。

やはり勝った後の矢野監督のガッツポーズが見たいですね。「矢野燿大監督がガッツポーズ」という見出しがニュースで使われるほど、トレードマークになっています。でも最近はヤクルトの高津臣吾監督のガッツポーズを目にすることが多いなと。ここは元祖ガッツポーズを奪還すべく、選手のみなさんに頑張っていただいて、矢野監督のガッツポーズで紙面を賑わせてほしいです!

<後編へ続く>

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