ファームのススメ

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【前編】「なんでいつも負けるの?」ロッテ愛をこじらせ、反響呼んだ“号泣放送”へ

2022/04/05

今から26年前、小学3年生の頃に川崎球場に通い始めてロッテ独特の魅力にハマり、2003年以降はフリーアナウンサーとして野球の面白さを伝える黒沢幸司さん。千葉テレビで実況を担当した2021年10月15日のソフトバンク戦では、岡大海選手がサヨナラ本塁打を放った直後に涙を流しながら言葉に詰まり、話題を呼んだ。黒沢さんがそれほど思い入れを持つロッテの魅力、そしてファームならでの楽しみ方とは――。

勝つまで応援しに行こう!

僕が子どもの頃に住んでいたのは横浜市泉区で、周囲には大洋(現DeNA)ファンと巨人ファンが多くいる環境でした。うちの親は川崎市役所に勤めていて、招待券をもらってきて川崎球場にロッテ戦を見にいくようになりました。

球場に行くのは平日や土曜日が多くて、よく投げていた投手が園川一美。1986年から13年間プレーして76勝115敗でしたが、僕が見に行くとよく負けるんです。「なんでロッテはいつも負けるんだろう?」という思いから、「勝つまで応援しに行こう!」とファンになりました。

ロッテは1992年、千葉県幕張市のマリンスタジアム(現ZOZOマリンスタジアム)に移転します。でも愛甲猛、高沢秀昭、マイク・ディアズなど選手は一緒だったので、当時高校生だった僕は横浜から2時間くらいかけて一人で応援に行きました。マリンの2階席からジーッと見ているうちに、「ロッテに何か携わりたい」という気持ちが芽生えてきたんです。

大学生になってアナウンス学校に通い始め、先生をしていたのが志生野温夫さん。ご自身がフリーアナウンサーとして千葉テレビでロッテ戦の中継を担当し、ロッテ浦和球場で行われる二軍の試合にはシオノ事務所からウグイス嬢を派遣していました。

そんな志生野さんに僕がロッテのマニアックな話を一方的にするから、「なんだ、こいつは」と思ったのでしょう。大学4年の頃、「うちの事務所でやりなさい」という話をいただきました。

福浦を通じて知ったファームの楽しみ方

1999年から「スポーツ・アイ ESPN」という局の放送席でスコアを付ける係として携わるようになり、一軍の試合はほぼすべてマリンに通うようになりました。ファンみたいなものですから、二軍にも行きたくなります。ロッテ浦和球場にも年に10〜15回通うようになりました。

初めて二軍の試合を見に行ったのは、その2年前。ロッテファンのサークルに入っていて、誘われて行きました。

興奮しましたね。ファンブックを毎年春先に買っていて、「こんな選手がいるんだ」と思っていた人が目の前のグラウンドで動いているんです。当時は、二軍のテレビ中継はない時代でした。

僕が初めてファームを見に行ったのは1997年で、ちょうど福浦和也が一軍に上がる前でした。この年の7月5日、福浦の一軍デビュー戦もマリンに見に行きましたが、その前に浦和球場で見ているので、「ファームから上がってきた」という興奮があるわけです。

ファームを見る楽しさを覚えたのも、この頃でした。あまり活躍していない選手や、甲子園に出ていない選手が好きなのかもしれません。そういう選手が活躍すると、何か嬉しくなりますね。

サブローの“粋なコメント”

2001年に千葉テレビがベンチレポーターを募集し、僕はその一人に選ばれました。それ以前はスコア係として実況アナウンサーに情報を伝える役割でしたが、自分でテレビに出られるようになり、選手に話を聞きやすくなりました。

浦和球場で「いつかベンチレポートをやるので」と話を聞いていた渡辺正人や塀内久雄、同い年の信原拓人や一歳下の天野勇剛などが同時期に一軍昇格を果たしました。浦和で聞いた話を披露する場ができ、1試合で最高24回レポートを入れたこともあります。放送席では「黒沢さんは今日、何回レポートを入れるか?」と話題になるくらいでした(笑)。

球場で取材するようになり、一番声をかけに行ったのが福浦とサブローです。福浦は2001年に打率.346で首位打者を獲りますが、じつはシーズン途中に一度登録抹消されているんです。これは話を聞きにいかなければと思い、浦和まで行きました。

そうしたら一軍に再登録された直後の西武戦で、先制ホームランを打ったんです。ちょうど僕がベンチレポートを担当した試合で、それもまた感動しましたね。9年後、2010年の日本一でビールかけのレポートをした際、福浦にビールをかけられたときにはいろんなものが込み上げてきました。

一方、同い年のサブローとは「僕も昭和51年生まれでして」という会話から始まりました。特に覚えているのが2001年に札幌ドームで行われた西武戦。延長10回満塁の場面で、プロ初のサヨナラホームランをデニー友利から打ちました。

試合後、ロッテ担当の記者が札幌まで来ていなくて、僕が「ホームラン、どうでしたか?」と聞いたら「いや、メロンぐらいに見えましたよ」って。ちょうど北海道の試合だったからです。サブローは、そういう粋なコメントをするんですよ。思い出の多い選手の一人です。

ずっとサヨナラを実況したかった

ロッテと20年以上も仕事で携わるようになり、アナウンサーとして日本一、ビールかけ、優勝パレード、ファン感謝祭、新入団選手発表会などを担当させてもらいました。

多くの記念に立ち会ってきたなか、去年までやったことがなかったのがサヨナラシーンの実況です。ロッテは勝てない時代が長かったし、千葉テレビは放送時間の関係で試合途中に中継が終わることも多くありました。中継終了後、放送席でサヨナラ勝利を見届けたことは何度もあります(苦笑)。

本拠地が千葉に移って以来、サヨナラ勝利の記録を毎回つけてきました。「僕はまだやってないな」と思いながら、去年、ついにそのときが来ました。

岡のサヨナラ本塁打に“フライング涙”

10月15日、オリックスとの優勝争いで負けられない試合が続くなか、1対1で迎えたソフトバンク戦の9回裏2死一塁。マウンドにはソフトバンクの守護神・森唯斗で、打席には岡大海。岡は当時好調だったから、「何か来るかな」という期待感はありました。

1ボール、3ストライクから岡がバットを振ると、打球がバックスクリーン方向に伸びていきます。レフトやライトと違い、センター方向の打球は角度がないから飛距離をつかみにくいんですね。

上がったぞ! ん? ん? 行っちゃうの!?

岡がホームイン、マジック8、CS進出決定。優勝カウントダウンをするのは、千葉ロッテ史上初めてでした。そういう興奮もありましたね。

サヨナラだとわかって過去の記録を調べようと、解説の倉持明さんに話を振ったんです。そうしたら、急に込み上げてきまして、気付いたら涙が。倉持さんには「実況が泣くのは初めて見た」と言われました(笑)。

ロッテファンの間で少し話題にもなったようで、周りには「フライングじゃないか」とか、いろいろ言われましたね(笑)。僕自身、あのサヨナラ勝利があったから、「今年こそ行けるんじゃないか」という思いでした。

マジック1になったら、千葉テレビで中継する予定でした。しかも、僕が担当だったんです。まだリーグ優勝を実況したことはないのですが……その機会は幻になりました。やっぱり駄目なんだ、持ってないな。そう思いましたね。

でも、贅沢は言えません。子どもの頃から川崎球場に通い、ロッテ浦和球場でファームの試合も見てきたからこそ、今の僕はあります。それだけで、十分に幸せです。

インタビュー/構成:中島大輔 企画:This

<後編へ続く>

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